本記事は note で先行公開した記事を、加筆・再構成したものです。
はじめに:「ベテランしかできない」業務をどう書くか
業務改革の現場で、絶対に出てくる問いがあります。
「この判断、ベテランしかできないんです」
製造業の受注可否判断。介護のケアプラン作成判断。建設の工程変更判断。受託開発の要件追加判断。
——どの業界にも、「あの人がいないと回らない」業務があります。
新人に教えても3ヶ月かかる。マニュアルにしようとしても、ベテランから「ケースバイケースだから」と言われる。
——本当にケースバイケースなのか。
実は、99%のケースで、ベテランの判断は構造化できます。ただ、その「書き方」が間違っているから、できないように見えるだけです。
今日は、その正しい書き方——「ディシジョンテーブル」というツールについて書きます。
1. みんなが最初に使うのは「フローチャート」
「判断をマニュアル化したい」と思ったとき、ほぼ全員が最初に試すのは、フローチャート(またはディシジョンツリー)です。
たとえば、製造業の受注可否判断を、フローチャートで書いてみる。
[在庫はあるか?]
├── YES → [納期は間に合うか?]
│ ├── YES → [与信は大丈夫か?]
│ │ ├── YES → 受注OK
│ │ └── NO → 経理に確認
│ └── NO → 営業に確認
└── NO → [追加発注すれば間に合うか?]
├── YES → 営業に確認
└── NO → 受注NG
これ、最初の3条件くらいまでなら、綺麗に描けます。Visioでも、PowerPointでも、ホワイトボードでも。
でも、判断条件が5個、10個になると、絶対に破綻します。
なぜか。フローチャートは、条件が増えるたびに、構造を全部書き直さないといけないからです。
2. フローチャートの3つの致命傷
フローチャートで判断ロジックを書くと、こんな問題に必ずぶつかります。
致命傷①:ケース追加が「全部書き直し」
「VIP顧客の場合は、与信限度額を倍まで認める」みたいなルールを追加したい。
フローチャートだと、どこに「VIPかどうか」の分岐を入れるかで、構造が大きく変わります。
最上位に入れるなら、ツリーが2倍に膨らむ。途中に入れるなら、その下のツリーを全部複製する。
結果、ホワイトボードで描いた図を、全部消して書き直すことになります。
致命傷②:条件削除が「線のつなぎ直し」地獄
「在庫チェック」という条件を削除したい、というケース。
フローチャートで、真ん中の条件を削除すると、上の枝と下の枝を全部つなぎ直す必要があります。
これ、ホワイトボードでやると、矢印が交差して、何の図か分からなくなる。
PowerPointでやると、図形の整列が崩れて、見た目を整えるだけで30分かかります。
致命傷③:データベースで扱えない
これが一番大きい問題かもしれません。
フローチャートは「グラフ構造」です。ノードと矢印で表現される。
データベースに保存しようとすると、ノードとエッジを別テーブルで管理して、再構築のロジックを書く必要がある。
そして、フローチャートのままでは、CSVでもExcelでも、自由に扱えない。
専用ツール(Visio、bpmn.io、Lucidchart)が必須になります。
結果、「判断ロジックは、Visioで描いた図に閉じ込められたまま」になる。
Excelで管理している業務リストとも連携できない。AIに食わせて自動化を検討することもできない。
3. ディシジョンテーブル(DT)という解法
これらを全部解決するのが、ディシジョンテーブル(Decision Table、略してDT)です。
DTは、判断ロジックを表形式で書く方法です。
縦に条件を並べる。横にケース(パターン)を並べる。それぞれのセルにY(Yes)/N(No)を入れる。最後に、結論を書く。
たとえば、先ほどの受注可否判断をDTで書くと、こうなります。
| 条件 / ケース | C1 | C2 | C3 | C4 |
|---|---|---|---|---|
| 在庫あり | Y | Y | N | N |
| 納期OK | Y | N | Y | N |
| 与信OK | Y | - | - | - |
| 結論 | 受注OK | 営業確認 | 追加発注検討 | 受注NG |
これだけです。
判断条件3個に対して、4ケース(同じケースは1つにまとめる)が書けています。「-」は「どちらでも良い」を意味します。
「これ、フローチャートと何が違うの?」と思うかもしれません。違いは、変更コストです。
4. DTの強さ——変更コストの圧倒的な低さ
DTのすごさは、判断ロジックを変更するときに現れます。
ケース追加 → 列を1本足すだけ
「VIP顧客の場合は、与信限度額を倍まで認める」を追加したい。
DTなら、新しい列を1本追加します。「VIP顧客」という条件を縦軸に追加して、その列のセルに「Y」を入れて、結論を書く。それだけ。既存のケースの列は、一切触らなくていい。
条件追加 → 行を1本足すだけ
「天候による配送リスクも考慮したい」を追加したい。
DTなら、新しい行を1本追加します。「天候OK」という条件を行で追加して、各ケースに対してY/N/-を埋める。それだけ。既存の列は、関係する箇所だけ更新すればいい。
真ん中の条件を削除 → 行を消すだけ
「在庫チェックはもう自動化したから、人の判断から外す」を反映したい。
DTなら、「在庫あり」の行を削除するだけ。上下のつなぎ直しは一切不要。データ構造が完全に独立しているからです。
5. DTのもうひとつの強さ——データベースで扱える
DTは表形式なので、そのままCSVファイルにできる。
これは大きいです。判断ロジックをデータベースに保存できる、ということです。
CSVで管理できると、こんなことができるようになります。
- バージョン管理(GitやExcelで差分を追える)
- 一括変更(他のDTから条件をコピーできる)
- 集計・分析(「YESが多い条件は何か」みたいな分析ができる)
- AIへの食わせ込み(構造化された入出力を、LLMが読み取れる)
特に最後が大事です。DTで明示化された判断ロジックは、AIに引き継ぎやすいのです。
「ベテランの判断を、AIに代行させたい」という話、最近よく聞きます。でも、フローチャートで書かれた判断は、AIに渡すのが難しい。DTで構造化された判断なら、そのままLLMにプロンプトとして渡せる。
判断のAI化を考えるなら、まずDTで書く。これが王道です。
6. 比較表で整理する
ここまでの話を、1枚の表にまとめます。
| 観点 | フローチャート | DT(ディシジョンテーブル) |
|---|---|---|
| ケース追加 | 構造を書き直し | 列を1本追加 |
| 条件追加 | ツリー全体を再構築 | 行を1本追加 |
| 真ん中の条件削除 | 線のつなぎ直し(最も面倒) | 行を削除するだけ |
| データベース連携 | グラフ構造の中間処理が必要 | 表形式のまま扱える |
| 変更履歴の追跡 | ノード単位の変更が追いにくい | セル単位で追える |
| AIへの引き渡し | 構造変換が必要 | そのまま渡せる |
| 視覚的な分かりやすさ | 直感的(最初の3条件まで) | やや慣れが必要 |
最後の「視覚的な分かりやすさ」は、フローチャートに軍配が上がります。最初の3条件くらいまでなら、フローチャートのほうが直感的です。
でも、現実の業務判断は、5条件、10条件あります。そうなると、DTのほうが圧倒的に扱いやすい。
7. DTは「業務フローの菱形」を置き換える
ここで、業務フロー図に詳しい方は、こう思うかもしれません。
「業務フローの中で、判断は『菱形のゲートウェイ』で書くんじゃないの?」
その通りです。BPMNとかフローチャートの記法では、判断は菱形で表現します。
ところが、菱形だけでは、判断の中身が書けない。「在庫あり?」と書いて、YES/NOで分岐する、までしか書けないんです。
判断の中身——「在庫×納期×与信×VIPフラグの組み合わせで、結論が変わる」みたいな複雑なロジック——は、菱形の外側に、別途記述する必要がある。
そして、その「菱形の中身」を書くのが、DTの役割なのです。
つまり、業務フロー図とDTは、こういう関係になります。
- 業務フロー図:業務の「順序」を表現(誰が→何を→次に→次に)
- DT:業務フロー上の判断の「中身」を表現(条件×ケース→結論)
両方セットで、業務全体が表現されます。業務フローの菱形=DTへのリンク、と捉えると分かりやすいです。
8. ベテランの判断は、表に書ける
最後に、もう一度この問いに戻ります。
「ベテランしかできない判断、どう書くか」
——答えは、DTです。表に書けます。
書けないように見える理由は、3つあります。
- 書き方を知らない(フローチャートで書こうとして失敗している)
- 条件を全部洗い出していない(ベテランは無意識に判断材料を使っている)
- ケースを全部考えていない(例外パターンを言語化していない)
DTを使うと、この3つを構造的に解消できます。
縦に条件を並べる作業を通じて、ベテランが何を見ているかが明確になる。
横にケースを並べる作業を通じて、判断の網羅性が確保される。
そして、書き終わったDTを見ると、ベテラン自身が「あ、自分はこういうロジックで判断していたんだ」と気づきます。これが、判断の言語化、判断の構造化、判断の継承の第一歩です。
9. JOARSなら、DTがすぐ書ける
JOARS(ジョアース)のフリープランで、DTがすぐ作れます。
業務棚卸表でFL5の判断点を見つけたら、その判断点に対してDTを紐づけて書く。条件追加・ケース追加が、ボタン1回でできます。
「ベテランの判断を、DTで書いてみる」——これだけで、現場のマニュアル化が一段階前に進みます。
まとめ
今日のまとめです。
- 業務改革の現場で、「ベテランしかできない判断」は必ず出てくる
- これをフローチャートで書こうとすると、必ず破綻する(3つの致命傷)
- ディシジョンテーブル(DT)なら、列・行の追加だけで済む
- DTは表形式なので、データベース、AI、バージョン管理と相性がいい
- 業務フローの菱形は、DTへのリンクとして捉えると整理できる
- ベテランの判断は、書けないように見えるだけ。DTで書ける
「FL階層」「Excel業務棚卸の限界」「ディシジョンテーブル」——同シリーズのこの3記事を押さえていただければ、業務改革の土台ができます。
あとは、実際に手を動かしてみてください。JOARSのフリープランで、自分の会社の業務を1本、棚卸してみる。
FL5の判断点を1個、DTで書いてみる。それが、業務改革の第一歩です。
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本記事は、代表 佐野尚人のnote「判断の進化」マガジンで先行公開した記事を、HP用に加筆・再構成したものです。
note原典版はこちら:[ディシジョンテーブル vs ディシジョンツリー — なぜテーブルが勝つのか]