本記事は note で先行公開した記事を、加筆・再構成したものです。
はじめに:「全部、標準化しよう」は半分間違い
業務改革・DXのプロジェクトで、よく聞く言葉があります。
「全部、標準化しよう」
業務マニュアルを作り直し、判断基準を文書化し、AIに任せられる部分は任せる。一見、正しい方針に聞こえます。
——でも、これ、半分は正解で、半分は間違いです。
会社の業務には、標準化していい業務と、絶対にしてはいけない業務があります。そして、それを見分ける道具が、今日紹介する「DEM(Decision Evolution Map:判断進化マトリクス)」というフレームワークです。
業務改革・DXに取り組む経営者・現場リーダーなら、知っておく価値があります。
1. DEMという2軸マトリクス
DEMは、業務(より正確には、業務の中の判断)を2つの軸で分類するマトリクスです。
- 横軸:環境の変動性(その業務を取り巻く状況は、安定しているか、変動的か)
- 縦軸:価値創出の源泉(その業務は、効率を追求すべきか、価値創造を追求すべきか)
この2軸で、業務を4つの象限に分けます。
| 環境:安定 | 環境:変動 | |
|---|---|---|
| 価値創出 ← 創造 | 戦略設計領域(半構造化) | イノベーション領域(暗黙知優位) |
| 価値創出 ← 効率 | 標準化領域(ルール化) | 適応運用領域(ケース依存) |
ピンと来ないと思うので、具体例で見ていきます。
2. 4つの象限と、それぞれの世界
標準化領域(環境:安定 × 源泉:効率)
ここは、ルール化が王道の世界です。
- 経理の月次決算
- 受注処理
- 入金確認
- 経費精算
業務手順が明確で、環境(取引先・法規制・社内ルール)も安定している。だから、マニュアル化できる、AIに任せられる、RPAで自動化できる。世間の「DX」「業務改革」は、ほぼこの領域の話です。
適応運用領域(環境:変動 × 源泉:効率)
ここは、ケース対応の積み重ねの世界です。
- 顧客クレーム対応
- 設備トラブル対応
- 緊急受発注の調整
ルール化はできても、ケースの種類が無限にあるので、機械的なロジックでは捌けない。「過去の対応事例」を蓄積して、現場が判断するしかない。標準化しようとすると、現場の柔軟性が殺される領域です。
戦略設計領域(環境:安定 × 源泉:創造)
ここは、半構造化の判断の世界です。
- 新製品の価格戦略
- 中期経営計画の策定
- 採用方針の決定
判断軸はある程度言語化できるが、最終的には総合判断。経営層が「いろんな材料を見て決める」場所。機械的な答えはない。でも、議論の土俵は作れる領域です。
イノベーション領域(環境:変動 × 源泉:創造)
ここは、暗黙知優位の世界です。
- 新規事業の構想
- R&Dの方向性決定
- ベンチャー投資の判断
過去の経験則が通じない。明日の正解と今日の正解が違う。経営者・トップ研究者の「勘」が頼り。ルール化したとたんに、機会を逃す領域です。
3. 業務改革の打ち手は4象限で変わる
ここからが、DEMの本当の価値です。
業務改革・DXの打ち手は、4象限のどこにあるかで全く違います。
| 領域 | 主な設計成果物 | 打ち手 |
|---|---|---|
| 標準化 | ディシジョンテーブル / 業務ルール / 入力制御 | ルール化→自動化(AI/RPA) |
| 半構造化(戦略設計) | 仮説検討シート / 比較軸 / レビュー論点 | 議論の土俵を作る(フレームワーク提供) |
| 適応運用 | 判断観点表 / 事例集 / 例外対応ガイド | 過去事例の蓄積と検索性向上 |
| イノベーション | 探索テーマ / 実験条件 / 学習ログ | 試行錯誤のサイクルを回す環境整備 |
業務改革で陥りがちな失敗は、全業務に「標準化」の打ち手を当てようとすることです。
経理に「ディシジョンテーブル」を入れるのは正解。でも、新規事業の構想にDTを書こうとすると、思考が縛られて、機会損失になる。領域が違えば、打ち手が違うのです。
逆に、イノベーション領域の「探索テーマ・実験条件」を、経理に当てはめても意味がない。「経費精算の創造的な進め方を実験しよう」とは、ふつう言わないですよね。
DEMを使うと、「この業務はどこ?だから打ち手はこれ」という判断が、論理的にできるようになります。
4. 第3の軸:判断の「詰まり」
DEMは、実は2軸では終わりません。第3の軸があります。
それが、「判断の詰まり」です。立体DEMでは、これを高さ(Z軸)として表現します。
「詰まり」とは何か。具体的にはこういう状態です。
- ベテラン1人に判断が集中している(属人化)
- 判断基準が暗黙知のまま、誰も言語化できていない
- 判断のたびに上司に確認しないと進まない(承認待ち渋滞)
- 同じ判断を、毎日繰り返し、人力でやっている
これが、業務の「詰まり」です。
そして、4象限のどの領域にも、固有の「詰まり」が発生します。
- 標準化領域の詰まり:ルール化できているのに、Excel・紙・FAXで運用していて遅い
- 適応運用領域の詰まり:過去事例が個人のメモに散らばっていて、再利用できない
- 戦略設計領域の詰まり:議論の土俵が毎回違って、結論が場当たり的
- イノベーション領域の詰まり:実験の学びが個人に閉じていて、組織知になっていない
立体DEMでは、業務ごとにこの「詰まり」の高さを評価して、詰まりが高い場所から手を入れるという考え方をします。
5. JOAは「詰まりを削り取る」設計
ここまで来ると、私たちのフレームワーク「JOA(Judgment-Oriented Architecture:判断志向アーキテクチャ)」が何をしているか、見えてきます。
JOAは、業務全体をDEMにマッピングし、各領域の「詰まり」を削り取る設計です。
- 業務棚卸表で、業務全体(FL3-FL4-FL5)を見渡す
- 各FL5の判断点を、DEMの4象限にマッピングする
- 詰まりが高い場所から、領域固有の設計成果物(DT・観点表・事例集・実験条件)で詰まりを削る
これが、「全部標準化」ではない、判断の性質に応じた業務改革のやり方です。
そして大事なのは、詰まりが削れたら、領域そのものは変えなくていいということ。イノベーション領域の業務を、無理に標準化領域に移そうとしない。「イノベーション領域のまま、詰まりが少ない状態」が、目指す姿です。
6. 自社の業務をDEMにマッピングするには
「自社の業務、DEMでどう分類すればいいか?」と思った方へ。実践の手順は、こうなります。
- 業務棚卸表を作る(FL3-FL4-FL5の3階層で。詳しくは同シリーズ「ファンクションレイヤー入門」記事へ)
- FL5の中から、判断点を抽出する(人が考えて決めている箇所)
- 各判断点を、DEMの4象限にマッピング(環境の変動性 × 価値創出の源泉)
- 各判断点の「詰まり」を評価(属人化・承認待ち・基準不在など)
- 詰まりが高い順に、領域固有の設計成果物で打ち手を当てる
この5ステップを、私たちのコンサルティングでは「JOAワークショップ2日間」で実施します。やってみると、自社の業務のDEM分布が出てきて、「あ、うちは標準化領域の詰まりが圧倒的に多いな」「うちはイノベーション領域の知見が組織に残っていないな」といったことが見えてきます。
これが、業務改革の「地図」になります。
7. なぜDEMが必要か(背景)
DEMは、私たちが独自に組み立てたものではなく、いくつかの理論的な系譜があります。
- TOC(制約理論・ゴールドラット):ボトルネックに集中する考え方
- カーネマン(システム1/システム2):人の判断には2系統あるという発見
- クライン(自然意思決定論・RPDモデル):熟達者の判断は分析ではなくパターン認識
特にカーネマン×クライン合意(2009年)——「専門家の直感が信頼できるのは、環境が安定していてフィードバックが十分にある領域に限る」——という発見が、DEMの横軸(環境の変動性)の根拠になっています。
つまり、DEMは「業務改革コンサルが現場で工夫して使っている2軸マトリクス」というだけでなく、人間の意思決定研究の蓄積を土台にした、根拠のあるフレームワークです。
まとめ
今日のまとめです。
- 業務改革で「全部標準化しよう」は半分間違い
- 業務(判断)は、DEMの4象限(標準化・適応運用・戦略設計・イノベーション)に分かれる
- 打ち手は領域ごとに違う。同じ手は使えない
- 第3の軸「詰まり」の高さを評価し、詰まりが高い場所から領域固有の設計成果物で削る
- これが、JOAという業務改革フレームワークの中核
「うちは全部標準化したいんだ」と言っていた経営者も、DEMを知ると、考え方が変わります。全部標準化は、業務改革の暴走です。
業務には、性質がある。その性質に合った打ち手を当てる。これが、業務改革の成熟です。
なお、AS-IS(現状)と TO-BE(理想)でDEMの象限が異なる判断点については、同シリーズの「あるべき姿を見せても業務は変わらない|象限遷移の打ち手」記事で詳しく扱っています。
JOAコンサルティングのご案内
株式会社ファインドルートでは、中小企業の業務改革・DX推進をご支援しています。DEMによる業務診断で、自社の判断分布を可視化し、領域ごとに最適な打ち手を処方する業務改革をご提供します。
- 業務棚卸を通じた判断ボトルネックの可視化
- 判断志向アーキテクチャ(JOA)に基づく業務フロー再設計
- DEM(判断進化マトリクス)による打ち手の優先順位付け
- 業務システム実装支援(生成AI・ノーコード・SaaS活用)
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本記事は、代表 佐野尚人のnote「判断の進化」マガジンで先行公開した記事を、HP用に加筆・再構成したものです。
note原典版はこちら:[DEM入門 — 業務改善の打ち手は、4象限で変わる]