本記事は note で先行公開した記事を、加筆・再構成したものです。
はじめに:業務フロー図を整備しても、現場は変わらない
業務改革・DXのプロジェクトで、よくある光景があります。
業務フロー図を整備して、ITコンサルが入って、何百ページもの「現状フロー」と「あるべきフロー」のドキュメントが作られる。
経営者も「うちの業務がやっと見える化された」と満足する。
——でも、半年経っても、現場の苦しさは変わっていない。
なぜか。
実は、業務改革の本当の問題は、業務フロー図の中には映っていないことが多いのです。
問題は、フロー図の「箱と矢印」ではなく、箱と箱の間に挟まっている「判断点の中身」にあります。
今日は、その「フロー図に映らない地形」を読み解くための、二つの概念の接続を紹介します。
ひとつは、IT業界で20年以上使われてきた「SoR / SoE / SoI」という分類。
もうひとつは、私たちが開発しているJOAの中核概念「ICOM(アイコム)」。
この二つが、実は同じ地形を別の角度から見ていただけだった——という話です。
そしてその発見が、大企業でよくある「SAPを入れたのに業務が苦しくなる問題」の本当の正体を、論理的に説明してくれます。
1. SoR / SoE / SoI——エンタープライズシステムの3層
まず、IT業界の用語を整理します。
2011年、業界の重鎮ジェフリー・ムーアが、「Systems of Engagement(SoE)」という概念を提唱しました。
それ以前、エンタープライズシステムは「Systems of Record(SoR)」と呼ばれていました。
その後、データから洞察を導く「Systems of Insight(SoI)」も加わり、現在は3層構造で語られます。
| 種類 | 役割 | 具体例 |
|---|---|---|
| SoR(Systems of Record) | 事実の正確な記録、整合性最優先 | SAP、Oracle ERP、会計システム、人事台帳 |
| SoE(Systems of Engagement) | 人との対話・関与、文脈重視 | Slack、Teams、コラボツール、CRM |
| SoI(Systems of Insight) | データから洞察、予測、推論 | BIツール、AIアシスタント、予測分析 |
ここまでが業界の常識です。
2. ありがちな誤解——「これは入力UIの違いでしょ?」
私自身、ずっと、この3層分類を「入力UIの違い」程度に理解していました。
- SoR:プルダウンとかラジオボタンで、決まった値を選んで登録する
- SoE:自由記入のテキストボックスにベタ打ちで書く
- SoI:データを集計してグラフで見る
確かにそういう側面はあります。
でも、それだと「業務フロー(仕事の流れ)には影響しないんじゃないか?」と感じていました。
同じ「与信判断」業務をSoR的に作ろうがSoE的に作ろうが、フロー図の形は同じになるはず、と。
実は、ここに大きな落とし穴がありました。
3. 本当の影響先は「業務フロー」ではなく「判断点の中身」
ここで、JOAの中核概念「ICOM」を導入します。
ICOMは、業務の中の「判断点」を分析するための4要素です。
- I(Input):判断の入力——何を見て判断するか
- C(Control):判断の制約——どんな基準・ルール・経験で判断するか
- O(Output):判断の出力——何が決まるか
- M(Mechanism):判断の実行手段——誰が、どんな道具で判断するか
JOAでは、業務の中の判断点を一つ一つ、このICOMで解剖していきます。
そして——SoR/SoE/SoIの違いは、業務フローの形ではなく、このICOMの中身の性質に現れます。
| ICOM要素 | SoR的判断点 | SoE的判断点 | SoI的判断点 |
|---|---|---|---|
| Input(入力) | 構造化データ(コード値) | 文脈情報、相手の反応 | データセット、予測スコア |
| Control(制約) | 明文化された規程・閾値 | 暗黙知、経験則、関係性 | 仮説、分析フレーム |
| Output(出力) | 確定値 | 合意、共有理解、次アクション | 洞察、推奨、確率値 |
| Mechanism(実行手段) | システム・自動化 | 人、会議 | アナリスト、AI、BIツール |
ICOMという同じ枠を埋めても、中身の性質が根本的に違う——これが、SoR/SoE/SoIが業務に与える本当の影響です。
4. 具体例——「与信判断」を3パターンで書いてみる
抽象的なままだとピンと来ないので、「与信判断」というありふれた業務で見てみます。
SoR型の与信判断
信用情報照会 → スコア取得 → 閾値判定 → 可否確定
直線的、ゲートウェイ1個、自動化可能。フローはきれいに描けます。
SoE型の与信判断
顧客ヒアリング → 過去取引履歴の解釈 → 営業判断 → 上長相談 → 可否判定
往復ループが多発、並走、人の関与が中心。同じインプットでも担当者・文脈で結果が変わる。
SoI型の与信判断
AI予測スコア取得 → 外れ値検知 → 人による説明性レビュー → 可否
分析タスクと人の解釈が交互、モデルへの問い合わせが内在。
同じ「与信判断」という業務でも、SoR/SoE/SoIで業務フローの形状はまったく違う。
そして、これらの違いは、業務フロー図(BPMNと呼ばれる業界標準のフロー記法)を描いてみても、見た目には差が出にくいのです。
なぜなら、SoE型業務の「往復」「並走」「滞留」「認識合わせ」といった暗黙の動きは、フロー図には描かれないからです。
5. SAP入力地獄の正体——判断性質とシステム性質のミスマッチ
ここからが、この記事の核心です。
業務改革の世界で20年以上聞かれ続けている話があります。
「SAPを入れたのに、現場が入力地獄で苦しんでいる」
何百億円もかけてSAPを導入したのに、試作部門・営業部門・カスタマーサポート部門が「無理やり入力させられている」と悲鳴を上げている。
これは、私の師匠的存在の業務改革コンサルが、ある製造業大手の現場で実際に出会った光景です。
ICOM × SoR/SoE/SoI の枠組みで分析すると、何が起きているかが論理的に見えてきます。
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| SAPの性質 | SoR前提(マスタ厳格、伝票確定、整合性最優先) |
| 試作業務の性質 | SoE寄り(試行錯誤、仕様可変、暗黙知多い、往復多発) |
| 発生している問題 | SoE的性質の判断点を、SoR型システムで処理しようとしている |
つまり、ツール選定の善し悪しではなく、判断性質とシステム性質のミスマッチが起きている。
JOAで分析する流れはこうです。
- 試作判断点をICOMで解剖する
- Control(基準)が「暗黙知」、Input(入力)が「文脈情報」、Output(出力)が「次アクションの合意」と判明
- これはSoE型判断点だと特定できる
- なのにSoR型システム(SAP)で処理している → ミスマッチ
- 処方箋:SAPから該当業務を分離し、SoE型ツール(Excel・Notion・自社内製ツール等)に切り出す。必要箇所のみSAPと連携
「SAPがダメ」「現場が悪い」という話ではなく、「SoE的判断点をSoR型システムに無理やり入れているのが原因」だと、論理的に説明できる。これがJOAの分析の価値です。
6. なぜ業務フロー図では見えないのか
ここで、冒頭の問いに戻ります。なぜ、業務フロー図を整備しても、現場の苦しさが変わらないのか。
答えはシンプルです。
SoR/SoE/SoIの違いは、業務フロー図の「箱と矢印」には現れないから。
| 影響レイヤー | SoR/SoE/SoIによる差 |
|---|---|
| フロー図の形(箱と矢印) | 大きく変わらないことが多い |
| フローに紐づく判断点の中身(ICOM) | 性質が根本的に違う |
| 判断点のロジック(DT:ディシジョンテーブル) | DTは書ける(JOAの基本ルール:1判断点・1DT)。違いは条件判定者(システム/人/LLM/AI分析)が誰か |
| フローの実行時挙動(ループ・並走・滞留) | 見えない部分で大きく違う |
業務フロー図は、フローの「形」しか描けません。フローに紐づく判断点の中身、判断のロジック、暗黙の往復・並走・滞留——これらは、フロー図の外側にあります。
だから、業務フロー図だけ整備して終わる業務改革は、本当の問題に近づいていないまま、半年が過ぎてしまうのです。
7. JOAがICOMまで降りる理由
ここまで来ると、JOAというフレームワークが「なぜわざわざ判断点をICOMで解剖するのか」が見えてきます。
業務フロー図の上から眺めているだけでは、SoR/SoE/SoIの違いは見えません。フロー図を一段降りて、判断点ICOMの中身まで解剖することで、初めて「この業務に合うシステムは何か」「どんな打ち手を当てるべきか」が見えてきます。
そして、これは私たちのもう一つの中核概念DEM(Decision Evolution Map)とも結びついています。
- ICOMで判断点を解剖
- DEMで判断点を「環境変動性 × 価値創出源泉」の4象限にマッピング
- 判断性質に応じた設計成果物(DT・観点表・事例集・実験条件)を選ぶ
- 必要なシステム性質(SoR/SoE/SoI)を判定する
業務改革は、業務フロー図で終わるのではなく、判断点ICOMの解剖まで降りることで、ようやく本当の地形が見えてくるのです。
8. 知の合流——独立に発展した二つの概念が出会った
最後に、もう一つ書いておきたいことがあります。
「ICOM」と「SoR/SoE/SoI」は、もともと独立に発展した概念です。
- SoR/SoE/SoI:2011年のジェフリー・ムーアから始まる、IT業界の蓄積
- ICOM:私たちがJOAの中で、業務改革の現場経験から組み立てたもの
それぞれ別の地平で発展してきたのに、両者をテーブルに並べてみると、見事につながりました。ICOMの中身を見れば、その判断点がSoR/SoE/SoIのどれにあたるかが判別できる。逆に、SoR/SoE/SoIで分類された業務は、ICOMで解剖してみないと本当の中身がわからない。
独立に発展した知の合流点を見つけられると、自分たちのフレームワークが業界の地平とつながっていることが確認できて、研究者上がりの私としては、なんとも嬉しい瞬間でした。
まとめ
今日のまとめです。
- 業務フロー図を整備しても、業務改革の本当の問題は見えないことが多い
- 業務フロー図の「箱と矢印」の外側、判断点の中身(ICOM)に、本当の地形がある
- SoR/SoE/SoIの違いは、業務フローではなく、ICOMの4要素の中身に現れる
- 「SAP入力地獄」は、SoE的判断点をSoR型システムで処理するミスマッチ
- JOAが判断点をICOMまで降りて解剖するのは、この見えない地形を可視化するため
- 独立に発展した「ICOM」と「SoR/SoE/SoI」は、見事に補完しあう関係だった
業務改革で行き詰まっている方、業務フロー図は整備したのに何も変わらないと悩んでいる方、ぜひお話を聞かせてください。
問題は、たぶん、業務フロー図の中ではなく、フロー図の中に挟まれている判断点の中にあります。
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本記事は、代表 佐野尚人のnote「判断の進化」マガジンで先行公開した記事を、HP用に加筆・再構成したものです。
note原典版はこちら:[業務フローを見ても見えない問題の正体 — ICOMとSoR/SoE/SoIの接続点]