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RPDモデルとメンタルシミュレーション|熟練者の直感はどう動くか・JOAのDEM縦軸を支えるクラインの発見

noteに掲載した記事をブログにしました。

 

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本記事は note で先行公開した記事を、加筆・再構成したものです。

 

はじめに:「選択肢を比較せよ」は本当か

「複数の選択肢を比較してから決めましょう」——ビジネス書でよく目にするアドバイスです。

意思決定の教科書には、「選択肢A、B、Cを評価軸ごとに比較し、最もスコアの高いものを選ぶ」と書かれています。

ところが、現実の現場で熟練者がやっていることは、これと正反対だったりします。

認知心理学者のゲーリー・クラインが、現場のプロの判断を1,000件以上分析した結果、「複数案を比較してから判断していたケースはわずか12%」だったのです。残りの88%は、「一案だけ思いついて、それを頭の中で試してから、動く」という流れでした。

これがRPDモデル(Recognition-Primed Decision:認識準拠型意思決定)です。前回の「カーネマン×クライン合意」の続編として、今回はこの話を掘り下げます。私が提唱しているJOA(Judgment-Oriented Architecture:判断志向アーキテクチャ)の中核思想——DEMという4象限の縦軸——は、このRPDモデルがそのまま理論的根拠になっています。

 

1. RPDモデル——「比較しない判断」の発見

クラインの研究はとてもシンプルでした。

「現場のプロは、本当に複数の選択肢を比較しているのか?」

研究対象は、消防隊長、軍の指揮官、ICU看護師、原発オペレーター、設計エンジニア——時間的プレッシャー・高リスク・不確実性の中で日々判断を下す現場の専門家たちです。

クラインのチームは、彼らの判断を1件ずつ詳細にインタビューしていきました。「あの時、どう判断したのか?」「他の選択肢は考えたか?」「なぜその案を選んだのか?」——結果は、当時の意思決定理論の常識を覆すものでした。

領域 複数案を比較した割合
消防隊長 12%
米海軍指揮官 4%
ICU看護師 データなし(直感的判断が主流と報告)

ほとんどのプロは、最初に1つの行動方針を思いつき、それを採用していました。

「他の案と比較して、より良い案を選んだ」のではなく、「最初に浮かんだ案を、そのまま実行した」のです。しかも、その判断の多くは正しかった。

「直感だけ」の理論ではない

ここで重要なのは、クラインは「直感が全て」と言っているのではない、ということです。彼らは「最初の案」を、頭の中でシミュレーションしてから動いていました。

 

「この案で動いたら、どうなるか?」を、3〜4手先まで頭の中で試す。問題がなさそうなら、そのまま動く。問題が見えたら、案を修正する、または次の案を出す。

つまり、RPDは「パターン認識(直感的)」と「メンタルシミュレーション(分析的)」が連結して働く理論です。「直感 vs 分析」の二元論ではない。両方が同時に機能している、というのがクラインの発見でした。

 

2. RPDの3つのバリエーション

クラインはRPDを、状況の複雑さに応じて3つのバリエーションに分類しました。

 

V1:パターン即認識

状況を見た瞬間に「これは○○だ」と分かり、すぐに行動できるケース。

消防隊長の例で言えば、火災現場に到着した瞬間に「これは床下から燃え広がっている火災だ」と認識し、すぐに「床を切り抜いて放水する」と動ける。考える時間も、迷う時間もない。経験から来るパターン認識が、自動的に行動を引き出します。

 

V2:状況を分析して認識

状況がすぐには分からない。データを集めて、ストーリーを組み立てて、初めて「ああ、これは○○のパターンだ」と理解できる。

ICU看護師が、患者の症状をいくつか観察して、「これは敗血症の初期症状かもしれない」と気づくような場面です。V1より時間がかかります。情報を集めるフェーズが必要だからです。

 

V3:メンタルシミュレーション

パターンは分かるけど、行動に迷う。「この案で動いたら、本当にうまくいくか?」を頭の中で試す必要がある。

新規市場への参入、未踏領域の研究開発、複雑な戦略判断——前例が少なく、結果の予測が難しい場面で、頭の中で「シナリオを試す」フェーズが重要になります。

V1→V2→V3の順に、判断にかける時間と認知負荷が増えていきます。

 

3. 人間の認知的限界——3変数×6段階

クラインの研究で、もう一つ重要な発見があります。

人がメンタルシミュレーションを組み立てる際、通常は3個の変数と6個の移行段階が限界——というものです。

「3変数×6段階ルール」と呼ばれることもあります。

 

3変数ルール

ある判断に影響する変数が3つを超えると、人は頭の中で正確にシミュレーションできなくなります。

判断例 変数 シミュレーション可能性
見積承認判断 金額/納期/在庫状況の3変数 ○ 可能
生産計画立案 需要予測/在庫/設備稼働/人員配置/納期/品質要件の6変数 × 認知の限界を超えている

6変数を頭の中で同時に扱おうとすると、何かが見落とされたり、組み合わせの一部が無視されたりします。「ベテランが直感で決めた」生産計画が、後で見ると非合理だったりするのは、認知的にそれが正常だからです。

 

6段階ルール

判断に至る因果連鎖が6段階を超えると、頭の中で追えなくなります。

「この判断が→次の業務に影響して→さらに別の業務にも波及して→3週間後にトラブルになって→クレーム対応になって→対応が長引いて→次の判断にも影響する……」——8段階の因果連鎖を頭の中で組み立てるのは、ほぼ不可能です。途中で何かが抜け落ちます。

 

JOAコンサルティングへの含意

この限界を超えた判断点は、人の頭の中だけで処理させてはいけません。変数を3つに絞る、判断点を分割する、中間チェックポイントを挿入する、ダッシュボードで変数を統合する——こうした設計が必要になります。

 

JOAコンサルティングでは、判断点ごとにこの「認知的複雑度」を測定し、限界を超えていれば再設計を提案します。

 

4. JOAから見ると——DEM縦軸の理論的根拠

ここからが、JOA(判断志向アーキテクチャ)との接続です。

JOAでは、業務の中の判断をDEM(Decision Evolution Model:判断進化マトリクス)という4象限に配置します。横軸は「環境変動性」(前回の記事で書いた、カーネマン×クライン合意の「条件1」が根拠)。縦軸は「価値創出源泉」です。

実はこの縦軸が、RPDの3バリエーションをそのまま理論的根拠にしています。

DEM象限 RPDバリエーション 価値創出源泉
標準化象限 V1:パターン即認識 効率・再現性
適応運用象限 V2:状況分析認識 状況対応力
イノベーション象限 V3:メンタルシミュレーション 創造・差別化

つまり:

  • V1で回る判断は、ルール化・自動化が可能。標準化の方向で価値が出る
  • V2で回る判断は、状況分析を支援する仕組みが必要。データ収集や情報整理が改善ポイント
  • V3で回る判断は、メンタルシミュレーションの質を高める支援が必要。変数整理、ShadowBox、プレモーテム

判断の性質に応じて、進化のさせ方が違うのです。

 

5. よくある失敗——V3の判断にV1の仕組みを入れる

業務改革やDXで、よくある失敗があります。

V3レベルの判断(メンタルシミュレーションが必要な判断)に、V1レベルの仕組み(ルール化・自動化)を当てはめてしまうことです。

例えば、戦略的な仕入先選定。これは本来、市場動向、関係性、リスク、長期的な戦略整合性など、多くの要素を考慮するV3レベルの判断です。ところが、これを「価格・納期・品質の3点でスコア化して、最高得点の業者を選ぶ」というルールにしてしまうと、判断の質が下がります。重要なソフト要素が落ちてしまうからです。

逆もあります。

V1で十分な判断(パターン認識で即決できる判断)に、V3レベルのコスト(属人化・ベテラン依存)をかけてしまうケースです。「経験豊富な部長にしか決められない」と言われている判断が、実は条件を整理すれば、誰でもルールで決められる、というケース。

これは過剰属人化で、組織のスケーラビリティを下げています。

JOAのRPDバリエーション診断は、この「V1↔V3のミスマッチ」を構造的に検出するためのツールです。

 

6. メンタルシミュレーションを「育てる」

V3の判断は、メンタルシミュレーションが鍵です。そして、メンタルシミュレーションは、訓練できることが分かっています。

クラインが事業化した「ShadowBox」という訓練手法があります。

熟練者が現場で実際に下した判断(または下した方が良かった判断)をシナリオ化し、訓練生に「このシナリオで、注目すべき情報は何か」「どう判断するか」を考えさせます。

訓練生の答えと、熟練者の答えを照合することで、「熟練者が見ているのに、自分が見落としているポイント」が浮かび上がる。これを繰り返すことで、訓練生のメンタルシミュレーション能力が上がっていきます。

米海兵隊で28%、米陸軍で21%の判断精度向上が実証されています。

JOAコンサルティングでは、このShadowBoxをJOAのワークショップデータと組み合わせて、自動的にシナリオを生成する仕組みを取り入れています。クライアント企業の判断点データから、訓練教材を自動生成できる——というのが、JOARS(JOA成果物管理リポジトリ)の発展形として描いている方向のひとつです。

 

まとめ

RPDモデルは、現場のプロの判断を観察した結果、生まれた理論です。

  • 人は選択肢を比較しない。最初に1つの案を思いつき、頭の中で試して、動く
  • パターン認識(直感)とメンタルシミュレーション(分析)が連結して働く
  • 状況の複雑さに応じて、V1(即認識)/V2(状況分析)/V3(シミュレーション)の3バリエーションがある
  • メンタルシミュレーションには、3変数×6段階という認知的限界がある
  • 判断のバリエーションを誤認すると、業務改革は失敗する

そして、これらは全てJOAのDEM縦軸の理論的根拠になっています。

カーネマンが発見したバイアス、クラインが発見したパターン認識、2009年の合意で示された条件、RPDの3バリエーション、認知的複雑度の限界——JOAは、これらの偉大な研究を、判断を設計する現場で使える形に翻訳したフレームワークです。

「判断の源流」シリーズで、これからも一つずつ紐解いていきます。


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判断の源流シリーズについて

JOAを支える既存の理論や思想を、原典から読み解いて紹介していくシリーズです。TOC(制約理論)、ヒューリスティクスとバイアス、自然主義的意思決定、知識経済学、ピラミッド原則、SECIモデルなど——これらの理論がJOAにどう接続しているかを、業務改革の実務応用の視点で解説していきます。


本記事は、代表 佐野尚人のnote「判断の源流」マガジンで先行公開した記事を、HP用に加筆・再構成したものです。
note原典版はこちら:[「人は選択肢を比較しない」— 消防隊長の判断研究が明かしたRPDモデルの話]